1.日時:平成14年11月13日(水)10:00〜12:00
2.場所:内閣府309号特別会議室
3.懇談会出席者
太田達男((財)公益法人協会理事長)
加藤秀樹(構想日本代表)
関幸子((株)まちづくり三鷹 事業部プロジェクトグループマネージャー)
中里実(東京大学教授)
中田裕康(一橋大学教授)
橋本博之(立教大学教授)
水口弘一((株)野村総合研究所元社長)
(50音順)入山映氏、神田秀樹氏、山岡義典氏は欠席。
4.議事概要
○ 事務局資料説明の後、前回に引き続き、公益性の在り方につき以下のとおり議論を行った。
【公益性総論】(→ 内外のコントロールは必要だと思うが、どのようにコントロールすべきなのか。突き詰めると法人制度に行き着く。法人は簡単に作れて別途認証ということならよいが、法人設立と結びつけると行政の裁量が出てくると思うが、どう考えるか。設立の簡易さを損なうということにならないか。)
- 法人制度や税制をどう仕組むにせよ、必ず公益性とは何ぞやという話になり、定義せざるを得ない。現行は諸外国や日本ではポジティブリスト方式が採られている。ネガティブリスト方式という意見もあるが、どちらでいくかはこれからの議論。
- 行政法の考え方からすれば、民法制定当時、公益には公共団体と営利企業の中間、「非公共」という意味も含まれていたが、その後変化しており、今や「公益性とは何か」というのは「行政とは何か」に等しいくらいあまり意味がない。
現行の許可制については、行政事件訴訟法第30条で行政裁量のコントロールを裁判所ができるよう定められているのだが、裁判所の判断の根拠となる許可要件自体が明らかでないという非常に特殊な状態。これについては抜本的改革において是正されるべき。- 公益性については、以下の2つの視点と濫用防止の観点から制度設計すべき。
公益の判断方法として誰が、どの段階で行い、どのような効果をもたらすかを念頭に置いて議論する必要がある。
- 行政機能を国家と民間とでどうやって効率的に機能分担するかという視点。民間にさせる場合には、組織形態として認める場合と、国家と民間が契約することによる場合があり、これらのどちらが合理的で公的な性質が担保できるのかが問題。
- 私人の公益的活動を支援するという視点。国民の「人の役に立ちたい」気持を活かす制度づくりをすること。
- 公益とは「世の中の役に立つかどうか」くらいでよいのではないか。とすればそれを法律で一律に書くのは困難。また、法律は一旦作られると、そのまま存続し運用されていくので、ダイナミックな世の中の動きについていけない。
公益を厳格に決めるのは無理ではないか。民主主義はプロセスで何が必要かを決めようというものであり、公益性判断はプロセスを工夫することで公平性を担保すべき。認定手続はどこかで必要と思うし、名称独占も必要かもしれないが、必ずしも法律で書く必要はない。- 市民側からすれば公益性を法律で決める必要はないと思う。ニーズは経年で変わるし、地域によっても異なる。ディスクロージャーが進んでいる中にあっては、国が決めた公益性ではなく、市民をもっと信頼し市民が判断する仕組みにすべきではないか。法律に公益性を定めるのではなく、公益性判断の仕組み上、市民も少し判断できる部分を加えてほしい。今は認証行為と公益性判断が一緒になっているが、認証行為が取り外されれば、実質上の事業としての公益性に行き着くことが可能。
- 市民が公益だと思えば自由に公益を名乗れるのは問題で何らかのチェックが必要。性善説に立つのは結構だが、濫用はまずい。公益であるとの主張に対し、行政、立法、司法、民間どれになるかわからないが、己の利益に関係なく異議を唱えることのできるような濫用防止のための制度が最低限ないといけない。性悪説も少しは考えて欲しい。
- 公益性をどういう効果に結びつけるのかという観点が重要。税や名称独占と結びつけるのであれば何らかのしばりが必要だろうし、単にお墨付きの付与だけというなら、国がそのようなことをするのはやめてしまって市民に任せるという考え方もある。
- 公益性について入口で厳重にチェックするのは硬直的な制度になり反対。情報公開があればよい。チェックシステムをどの段階でどのように仕組むかが重要と思う。
- 市民にとっても、公益についての一応の基準がないと困る。公益事業を行っていないのに、勝手に公益を名乗ることにより、寄附が集まって市民が騙されることになるかもしれない。最終的に公益性を担保するための規定が必要。柔軟性に関しては、柔軟に対応できるようなクローズを入れることで対応できるのではないか。
- 利用する市民の視点も必要。また、自発的に公益性をもって活動したいという人が増えており、入口でボトルネックとせず、これらの人の行動に結びつける制度が必要。
- 非営利法人という箱の中で、手続を決めて判定していくことにより、税の優遇等を受けることができるようにしたほうが、柔軟に対応できる。その際に、行政が一元的に判定するのか、市民が関与するのかは議論があろうが、行政が全くタッチしないということにはなるまい。税に関しては、少なくとも行政の関与は必要。要はプロセスが重要ではないか。
- 公益性の入口の段階では、きつくせず、緩やかで弾力的な基準としておいて、プロセスで判断すればよいのではないか。
- 公益性を抽象論で定義することは難しいが、公益性を有するということで、ガバナンスが高まったり、国民も利害関係者として情報公開を求められるようになることとセットで、入口を緩くするという考え方もあるのではないか。
- 公益法人設立の段階で行政庁が関与することにより、この程度の不都合で済んだという見方もある。何でも自由にしたところに税を優遇すれば必ず濫用の問題が出てくる。自由にしたから問題が解決するわけでなく、合理的で透明性を持った上でのチェックが必要。この場合も、公益法人だから厳しく、NPOだから緩いチェックでよいということではなく、同様に扱うべき。
また、法律の運用、まして課税の段階では、一定の裁量が必要となってくるのではないか。
市民が行うことは全て良いとする考え方は理解できない。- 入口は拡大した上で、自己責任を持って運営することを想定。インターナルガバナンスは当然のこと、エクスターナルガバナンスが必要であり、監査請求、代表訴訟などの歯止めが必要。ただし、同窓会などの中間法人については、外部へのディスクロージャーは意味がなく、このような観点からの軽重は必要。 むやみやたらに入口を広げるのではなく、公益組織にふさわしいマネジメントを行うことが大前提。
【税制等公益性と関連づけられる制度】
- 公益性とそれに伴う恩典を得るために必要な認定を別に分ければ、設立において行政の関与は不要であり、設立の簡易さを損なうことはないのではないか。
(→ 税の優遇の観点等関連づけて考えるべきではないか。)【営利競合、業界団体等】
- 税優遇について考えるとすれば、寄附税制は国税庁の認証は必要であろうが、会費、寄付金、助成金等本来収益は、公益の資格を有する法人は一律非課税ということでよいのであろう。突飛な考えと思われるかもしれないが、法人類型が決まっていて、その法人類型を法人税法で免税するものとして列挙する現在の流れに沿って、準則でできた公益法人も非課税となる。ただし、公益法人の実態の統計を取るため、あるいは公益法人の支援制度を検討するため、行政への登録又は届出といったシステムは必要かと思う。公益性の担保はガバナンス、ディスクロージャー等厳しく掛けることにより行う。一般的な中間法人にはこのような厳しい規律は必要ない。
- それは公益法人という類型を非営利法人とは別に作って準則で設立を認めるということか。
- 非営利法人法の特別法として公益法人法を作る。現在の宗教法人等と同じ位置づけ。
- 準則でできた法人に税の優遇を認めるというのは税の観点からは難しいのではないか。
- 税の優遇といってもいろいろなものがある。一くくりにしないで欲しい。収益事業の課税の在り方はいろいろあるだろうが、本来の収益は非課税にすべき。権利なき社団も現在非課税である。
- その場合、公益でない非営利法人の税制はどう考えているのか。
- 権利なき社団の本体事業が非課税なのだから非課税。
- それは、法人の規律は裁判所が刑事罰の判決を下すなど司法手続で担保するのが原則ということか。
- 裁判所が担保するのだろう。司法手続をもっとプラクティカルにしていかないといけない。
- その場合、名称独占のあり方はどうなるのか。
- 準則で設立される現行の中間法人も株式会社も名称独占がある。
- その案は、「公益」法人というのは中間法人や株式会社と同じレベルということか。「公益」ということにもはや重みを置かないということか。
- そのような法人の中の一つであると考える。公益だからといって国の関与を残すという考え方を転換しようというのが今回の改革の趣旨。我々が別に行っている研究会でもそのような結論になっている。
- 非営利法人を準則で設立しても、その中で公益性のあるものを内閣府なりで認定してあれば、税務当局でもそうしたものの中から課税上のメリットを与えるものを選ぶことはしやすいと思うのだが。
- 法人設立は申請主義であり、国が選別してやるというのは間違っている。
- 申請がなければ審査しないのは当然。権利能力なき社団に課税をするのは、実態に着目し、公平性の観点から、収益事業に課税を行っているだけであって、その他非課税になるのはいわば反射的効果というか、結果論的なもの。非課税が当然の権利というのは違っている。
- そのような考えはいかがか。胸を張って非課税の権利を主張したい。収益事業以外課税されないのは、権利なき社団は非課税とすべきという考えが前提にあるからであろう。
- それは逆。あくまで課税が原則。権利能力なき社団が結果的に非課税だからといって、準則でできる公益法人が非課税となる権利はない。税調でも収益事業の範囲の見直しを行っている。
【公益性判断における実績主義の導入】
- 収益と共益はそれぞれ問題点が違う。収益については、利益分配につながるのではないか、公益事業より収益事業に熱心になり公益事業がおろそかになるのではないか、という点が問題。共益については、少なくとも現行中間法人法上は共益と公益は両立しているが、本来公益に結びつけられた恩典の趣旨とは異なって使われてしまう場合がある。両方混じっているものが公益を目指している場合どのように恩典を与えるのか、という点が問題。
- 米国では本来事業に関係ない営利事業をおこなうとunrelated business income taxとして徴収されるものの、本来事業に絡めて損金算入できるのではなかったか。
- みなし寄付制度は、米国、英国、日本ともある。日本は本来事業でも収益事業ならば課税される。
- タックスヘイブン対策課税の抜け穴として、収益事業以外は課税されない公益法人が最も有効という話もある。 収益事業は本来事業であるなしに関わらず本来的に当然に非課税ということではない。憲法第30条の納税義務をクリアするのであれば、帳簿を付ける等の手間を掛けて立証していただくべきである。課税されない権利というものはそもそもない。
- 業界団体を一般論として判断することは適当でない。経済団体は独禁法や国際競争の嵐にもまれているので業界利益追求などという考えはないが、むしろ、農業、医療、銀行業界の業界保護的な性質が問題になるのではないか。国際競争力等考慮して基準づくりをするべき。団体によっては、業界利益の追求のみでなく環境対策等公益を追求しているところもある。もっとも、これはまた個別業界ごとそれぞれであるが。
- 業界団体は、自分たちは一見同業者のためにやっているように思われるが、それを通じて間接的に公益に寄与していると言う。公益とは、直接他人のプラスになるもののみか、間接的に公益に及ぶものも含むのか、議論の価値はあると思う。
- 法律上位置づけられている法人はそれだけで公益性があると言える。
- そのような公益法人を使った指定法人制度は、新法人制度においてはどう考えていくべきなのか。
- 公の事業を民の資産でやるというのが新しい形。
- 注意しなければいけないのは、そもそも公益法人改革というのは、現行の公益法人による民の参入障壁をなくすという視点から始まったということだ。公益法人として優遇されている資格のような面についてチェックを入れないと行けない。
- 指定法人制度というのは、行政機能を行う者として公益法人という組織として担保していたものを、細かい条件を決めて民間に開放する方向に進んでいる。しかし、例えば消費者保護という分野について、単に民間との契約関係という世界で業務を行わせるところまで割り切れるかというところが論点。
公益と共益を区分し、それぞれ準則での設立を認める場合、その準則の中身が異なってくるのではないか。準則主義といいながら、その中身が認証や認可に近いと言うことであれば、2階建てとどちらがよいのか、その利害得失を考えるべき。
認定の基準について、裁判所が判断するというような議論もあったが、どのような基準とすれば裁判所において機能するのか念頭において検討すべき。
- 設立の段階で実績主義は不要。ただし、税制面、特に寄附税制の認定において必要性はあるかもしれない。
米国では新規法人は予算で判断し仮認定的なものを与えている。- 実績主義ではなく定款や事業計画がきちんとしていれば参入自由にすべき。その上でチェックをどうするかの問題がある。
- 公益法人をチェックする機関を、行政に限らず市民が入った第三者機関が行うということがあってもいいのではないか。市民に判断材料を提供して欲しい。
(→ガバナンス、ディスクロージャー等については、次回引き続きテーマとして議論。次回の懇談会は、11月22日(金)10:00〜12:00に開催予定(テーマは財団、適正性確保)。)(文責:内閣官房公益法人制度改革推進担当)